ビルメンテナンス業界では激しい低価格競争が進み、働く人々(清掃員や設備管理士等)は雇用環境の変化に伴い、年収や給料、賃金に大きな変化があり、失職等で満足した生活が送れなくなるといった状況が慢性化しているというのがビルメンテナンス業界のリアルです。
ビルメンテナンス業界は「労働者」にとって、安定した安心して生活できる環境を送れているのか。
マクロな視点としてのビルメンテナンス業界の業界変化、およびミクロな視点として変化に伴う「労働者」の雇用環境の変化についてビルメンテナンス業界で何が起こってきたかを解説します。
指定管理者制度とは?
「官から民へ」、現在2018年ではこの「官から民へ」という流れはあまり言及されなくなったように感じます。
この流れが起こったのは2003年代の小泉内閣時代です。ビルメンテナンス業界にも当然この流れの影響を受けました。そして代ビルメンテナンス業界に関する制度として「指定管理者制度」が存在します。
指定管理者制度:低価格競争の端緒~制度の変化「官から民へ~」
制度概要
2003年6月13日に公布、9月2日に施工された制度です。
指定管理者制度
指定管理者制度とは、指定管理者制度(していかんりしゃせいど)は、それまで地方公共団体やその外郭団体に限定していた公の施設の管理・運営を、株式会社をはじめとした営利企業・財団法人・NPO法人・市民グループなど法人その他の団体に包括的に代行させることができる(行政処分であり委託ではない)制度である
つまりは、公の施設における衛生管理等の管理業務・維持運用の業務において一般競争入札をとりいれたのです。どういうことかというと、公募により競争原理が働き、公共施設の管理をしたい企業を募るということです。
入札決定の指標としては、「団体の特性、地域の特性、施設の特性、公募の特性、これらを知る事」という指標があるようです。
きわめて抽象的でブラックボックス化されているような指標ですが、実際に公募があると説明会に何百社もの企業が参加し、うち応募に至る企業が1割程度、さらに応募企業から審査を通過するのはその半分かそれ以下という状況です。
指定管理者制度にはどのようなメリットがあると見込んで導入されたのでしょうか。
指定管理者制度のメリット・意義とは?
- 施設利用者にとって快適なサービスを受けられるように入札制度を導入し、民間企業のサービスの質を高める。
- 税金の無駄使いを減らし、行政サービスを効率化させる。
メリット・意義としてこのような利点があります。確かにここ15年でのビル設備のファシリティはすさまじく向上したと思えます。このような設備の維持・運用の技術力が上がっている現在においては公の施設の管理を一般競争入札で公募することはサービスの質を高めることに寄与していることが考えられます。清掃によって衛生面の行き届いた快適できれいなビルで仕事や生活を送れています。
行政による管理では間違いなく、今のビルの快適さは享受できていなかったでしょう。もちろん県や区などが保有するビルの管理だけでなく、スポーツ施設や区民文化センター、スタジアム、公園、駐車場などの幅広い施設の管理業務を官から民へ移管したことはその管理・維持の質を相当に引き上げたとも考えられます。
管理コストを行政から民間へ移管したこともまた、税金利用の最適化という観点から効用があったのではないでしょうか。
しかし、その反面制度の変化に伴い生じる問題があることもまた事実です。
特に変化が大きかったのは現場のビルメンテナンス士の雇用、生活です。
指定管理者制度の問題点とビルメンテナンス業界に波及したか
次に指定管理者制度がビルメンテナンス業界にどのような影響を及ぼしたのかについてを考察していきます。ビルメンテナンス業界がいったいどんな業界構造・産業構造になっているのかについては☞の記事を参考ください「ビルメンテナンス業界はどんな業界?」
指定管理者制度の実施状況
指定管理者制度の運用状況としては、
2009年度のデータですが、総務省の調査によると全国では、都道府県6882施設、指定都市6327施設、市区町村56813施設で、計70022もの施設で指定管理者制度が導入されているようです。
公の施設等、数多くの施設で指定管理者制度による一般競争入札により、管理業者がこれまで仕事をしてきたことになります。
問題点・デメリット
指定管理者制度には上述のメリットが挙げられますが、その反面デメリット、問題点もまた報告されているようです。指定管理者制度の問題点とされるようなものは以下のようになります。
- 外郭団体での自治体幹部職員の「天下り先」化
- 雇用の変化(急な失職、仕事の喪失)=ビル清掃員等の雇用の不安定化
- 低価格競争による労働者の低賃金化
- 技術者の育成が行き届かなくなる
指定管理者制度にはこのような問題点がありますが、やはり、官による委託業者の選定よりも競争原理に基づく公募となると、数多くの実績を保有する資本力のある企業が有利になりえます。ですので、これまで個人事業主として清掃の委託業務を行ってきた業者などは売上の減少に大きく影響を受けることになります。
ビルメンテナンスの業務のうちこの問題点の影響が大きく表れていたのが「清掃業務」だそうです。
なぜなら、公募のうち資格要件で求められていた資格のうち大半が清掃に関する資格(病院清掃受託責任者、建築物環境衛生管理技術者、ビルクリーニング技能士など)であったため、競争制度の影響をダイレクトに受ける業種は清掃であるからです。
ビル清掃員の労働環境の変化
制度が変わると働き方も変わる。これはビルメンテナンス業界に関わらずにあらゆる業界業種で起こりえます。
変化のうち生活にかかわるものとしては「給料」でしょう。
現在のビル清掃員はどのような労働環境で働いているのでしょうか。
現在の清掃員(ビル清掃含む)の労働環境・給料・年収・労働時間
男性 | 女性 | |
平均年齢 | 49.6歳 | 55.5歳 |
平均年収 | 272万7800円 | 210万7800円 |
平均労働時間(月) | 167時間 | 165時間 |
超過実労働時間 | 11時間 | 7時間 |
平均月収 | 21万円 | 16万円 |
日本人の1人当たり平均年収が420万円ですので、ビル清掃員の年収はそれより下回っています。男性と女性の労働時間はあまり変わりませんが、平均年収が男性の方が多いというのは問題点とも考えられます。
ビル清掃員の月給を時給換算してみます。1か月に20日出勤すると仮定し、一日当たりの労働時間を8時間と置くと、男性で時給1,312円、女性で1,000円となります。日本人の正規雇用者の平均時給は2613円とされています。
ビル清掃員は非正規雇用が多いために、清掃業務管理会社は清掃員の確保を課題として挙げています。
待遇改善が施策としてありうるのかもしれませんが、それもまた利益との折り合い上難しい側面もあります。
ここで、現在でもビルメンテナンス業界の課題とされる清掃員の「賃金」について事例を交えてビルメンテナンス業界の労働者がどのような生活、課題を持っているかを解説します。
清掃員(ビル清掃員含む)賃金の変遷
清掃員の月収変遷
清掃員の月収の推移を見ていきましょう。
ボーナスに関しては長らくの不景気のあおりを受け低下していたようですが、2010年からは2016年まで上昇傾向にありました。2017年に下がっているもののボーナスはおおよそ15~18万円台で推移しているようです。
月収に関しては、ほぼボーナス分の月給となっています。月給をみるに、あまり多い金額であるとは言えないような状況です。
清掃員の年収推移
清掃員の賃金はグラフの期間の最大値で271万円と日本人平均年収420万円より大幅に下回っています。特に2011年から2013年は224~230万円と年収が非常に低くなっており、清掃員の仕事、需要は景気と連動しています。管理業者を委託する側である建物所有者、オーナーなどの利益が悪いときにコストカットのあおりを非常に受けやすい業務の特性を持っていることがわかります。
□指定管理者制度の問題点が波及した清掃員Aさんの事例
ここで、指定管理者制度の影響を受け、生活にどのような変化があったのかを実際に個人事業主として働くAさんの声を参考に紹介します。
労働状況
Aさんは行政から清掃業務委託を受ける清掃業個人事業主であった。
朝6時に出勤し、清掃業務をこなし、昼間に休憩時間1時間をとる。そこから深夜1時まで清掃業務をこなす。労働意欲もあり、清掃業に誇りをもって働いていたが、ネックなのが「給料」であった。
環境変化
指定管理者制度が施行されて以来、競争入札制に移行したが、行政からの業務委託費は逓減していった。そのようなマクロ環境の中で、Aさんの雇用環境も変化した。Aさんは年金はもらえていたが、入札に通ることが収入に直結するためいわゆる慢性的な「雇用不安」な状況にあった。
競争入札に成功し、業務委託を受けられたときは、自治体の最低賃金金額での入札であった。
ゆえに、生活はもちろん安定しない。労働環境についても生活保護を受けるかどうかという瀬戸際のお財布事情であった。
入札するためにできるだけコストを抑え、最低入札価格の瀬戸際まで賃金(清掃業は労働集約的なため)を落とすことが入札を成功させるという構造にあった。
結果として、労働意欲、清掃業への誇りはあったが、給料にたいする不安がつきまとっていた。
まとめ
このような事例は恐らくAさんだけでなく全国的にみられる状況であることは容易に想像がつくが、今後ビルメンテナンス業界はどのように変化していくのだろうか。
ビルメンテナンス業界の今後
今回はビルメンテナンス業の中でも、清掃業(行政から委託)について事例を交え紹介したが、実際に働く労働者の待遇はどのようにより改善していくべきなのでしょうか。
ビルメンテナンス業界の産業構造は複雑で、業務が細分化されている。業界全体でより収益性を高めることができるならば、より、労働者の賃金、給料は上がっていくはず。
収益性改善のために何をするべきかという議論は官民学で繰り広げられる必要があるでしょう。